社会福祉法人かずさ萬燈会 〒292-0026
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社内木鶏会より

社内木鶏会より

2018/05/09 職員感想文紹介「利他に生きる」平成30年5月号

 

「利他に生きる」平成30年5月号

 

 昨年の7月に八天堂きさらづがオープンしました。八天堂きさらづは株式会社八天堂と社会福祉法人かずさ萬燈会がコラボし、障害者の就労支援の拠点として設立されました。もともとオリジナルのくりーむパンで全国でもその名前を知られていた八天堂・森光社長さんは、その社是として商売繁盛だけでなく、社会、福祉に対しても貢献していきたいとの気持ちを表されていました。一方は当法人かずさ萬燈会の渡邉理事長は障害者支援事業の中で、なんとか月額7万円を稼いで障害者の方も社会に貢献するよろこび、仕事をするよろこびを実現する事業は無いかと模索していました。そんな中で、木鶏全国大会が仙台で開かれた4年前、渡邉理事長が森光社長に声をかけたことからこの事業は始まりました。

 

 出会いから4年、その時にはともに障害者支援に対する思いしかなかったものが今パン工場として形あるものになっています。2月からは東京都内の複数店舗へのくりーむパンの提供が開始、当初の目的である東日本の最東端、札幌への供給も行えるようになりました。4月からは八天堂さんが新しく展開するハードパンの試験販売が秋葉原店で行われ八天堂きさらづから全面的にパンを供給しています。また、パン製造とともに、障害者の方々の仕事も順次発生しています。具体的には工場の環境整備として周辺の草刈、トイレ掃除、販売用のしの作成、試食用パンの配布、段ボール箱の組み立てなどです。今後、東京圏へのパンの配送業務、製造工場内での材料の軽量等、自社で工場を行うことにより実現できる仕事が次々とできる予定です。

 

 利益を目的としてはこの事業は成り立っていません。千葉県、木更津市といった自治体の協力がいただけるのもこれが利他の気持ちから始まっているからです。障害者支援という大きな利他の気持ちが八天堂きさらづを作ったのだと今実感しています。また、八天堂きさらづに限らず社会福祉の仕事をしている方は大なり小なり利他の気持ちがあって仕事をしていると思います。皆さん共に誇りをもって業務に取り組んでいきましょう。

2015/12/31 職員感想文紹介「先哲遺訓」平成27年10月号

 

 

「先哲遺訓」平成27年10月号
 
私が先哲遺訓として最初に思い出すのが西郷南洲の『人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己を尽くして、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし』です。世の中の不幸は人と比べたり、どうにも変えることのできない他人に執着することで始まるそうです。他人と自分を比較しない、他人の言動に一喜一憂しないことでストレスを感じないですむということを言い表している言葉だと思っています。

 また一休宗純が亡くなる間際に、師がいなくなるのを嘆き、師のいない自分達の行く末を不安に感じる弟子たちに『私が死んだあと、本当に困ったときにはこの手紙開けなさい』といって封書を渡したそうです。師が無くなってから、長いことその手紙を開けずに弟子たちは頑張っていましたが、とうとう困ったどうにもならないとなったとき、その封書をあけたそうです。その時に書いてあった言葉が『心配するな、なんとかなる』だったそうです。一休さんらしいエピソードですね。

  先日、南房総の葬祭業で成功していらっしゃる株式会社アスカの丸社長がFMラジオでおっしゃっていました。人事を尽くして天命を待つ、という言葉がありますが、これは順番が逆の方がしっくりくるのではないか、天命が下りるまで人事を尽くし続ける。こちらの方がおすすめです、と。京セラの稲盛会長は、部下が仕事に行き詰ったとき、『神に祈ったか?』と聞くそうです。これは神様にお願いしたか、という意味ではなく、自分でやれるだけのことをすべてやりつくして、何もやることがなくなった、後は神様に祈るしかいない、こんな状況まで努力したか、と尋ねているのだそうです。仕事で愚痴が出そうになったとき役立つ言葉です。

  私にとって先哲遺訓は、日々の生活の中で心がざわざわとしたとき、少し落ち着くための一服の清涼剤のような存在です。
2015/03/23 【今月の一枚】「成功の要諦」平成27年3月号

「成功の要諦を読んで」平成27年3月号

 

人間は意識が大事。意識がその人の運命を決める。稲盛氏も最初に入った会社に不平不満を持っていた時は運命が開けなかったとありますが、私もこの介護の世界に飛び込んできた時はかなり戸惑い、なんで?なんで?と自問自答する毎日でした。

 

私は看護師になって主に病院の外科で働いていたので怪我をした患者さんの処置、看護をしてきました。それが、看護の世界に入り、相手が高齢者という事で、今までの仕事とは全く違い、どう動いて良いのか、どう接してよいのか戸惑いました。高齢者を喜ばせる為に歌を唄ったり、劇をしたり、自分は看護師なのになんでこんな事をしなきゃいけないのか…苦悩しました。

 

そんな私の気持ちを察し、少しずつ変えてくれた人がいます。私が最初に勤務した介護施設の相談員の方でした。私が落ち込んでいると声をかけてくれて、話を聞いてくれました。人を元気にする事は、病院も介護施設も一緒、やる事は違ってもたどり着く所は一緒。

 

その方と話す事で徐々に気持ちが楽になりました。今は利用者様が元気になる様に私が出来る事は何でもしようと思っています。その方に出会わなければ今の私はないと思っています。とても感謝しています。


(ちいたの平川 福地美智子)

2015/01/08 職員感想文紹介「魂を伝承する」平成26年11月号

 

「魂を伝承する」平成26年11月号
 
本章内に出ている管長だった高田好胤氏は、皆にユニークな説法と写経をすすめだけで西塔や伽藍堂等を復興したと薬師寺の方の話を聞いた事がある。
 
今も高田氏の心を引き継ぎ、写経の寄付などで薬師寺の復興を頑張っていると話していた。その話の中で高田氏が語ったという印象的な言葉がある。
 
『かたよらない こだわらない とらわれない心
 ひろく ひろく もっとひろく
 これが 般若心経 空のこころなり      』
 
とても心に響く、魂のこもった言葉だった。私は今もこの言葉を心のよりどころにしている。
2015/01/08 職員感想文紹介「思いが事を成す」平成26年11月号

 

「思いが事を成す」平成26年11月号
 
物事がうまく進まない時、まず初めに自分の思いが足りなかったのではないかと考える。努力不足に目を向け自分の至らなさを思い前向きに考えること。人のせいにせず、まず自分を反省したいと思いました。「思いは足りているか」を読んで思い出すことはケアハウスで毎年行う日帰り旅行です。毎年のこと、どこに連れて行ったら良いか迷います。
 
ある時から皆様の行きたい所へ連れて行けば良いのだと気づき皆様の気持ちをうかがう事にしました。H様が「死ぬ前に一度でいいから天皇陛下に会いたい」とおっしゃいました。入所者の皆様の思う天皇陛下と私のその思いの違いにまず驚きました。希望をかなえるために皇居管理事務所へ出向き交渉、パレスホテルを紹介してもらいホテル最上階のレストランを30分間貸し切り、皇居を眼下に見ることができました。
 
ホテルのスタッフが皇居の説明をして下さいました。昼食のもてなしも良くして下さいました。天皇陛下に会うことはできませんでしたが二重橋に立ち深々と頭を下げたH様と見た時これで良かったのかとの思いはありましたが、ご本人様はとても喜んで下さいました。
 
この時の交渉がその後の私の仕事への自信へとつながりました。こうしてあげたいという自分の気持ちをしっかりと持ち話す事を心掛けると、思いは必ず伝わることを今も実感しています。
 
 

(ケアハウス 齊藤由美子)

2015/01/08 職員感想文紹介「発想力」平成26年12月号

 

「発想力」平成26年12月号
 
ちいたの平川には『生きがい支援』というサービスがあります。利用者様へのお誕生プレゼントです。どんなご希望を持っているのか丹念に聞き取り個別のサービスに繋げます。
 
先月、ある方の生きがい支援はマザー牧場でした。ご本人様とご主人と妹さん。ご夫婦で出かけたことも殆どなく、妹さんとももう何十年も出かけていないそうです。帰られたご主人は出迎えた私の顔を見ると『とても楽しかった。一生忘れませんよ。本当にありがとう』と満面の笑顔でおっしゃいました。一生忘れない思い出作りに関わる事ができる、なんて幸せなことだろうと思いました。感謝するのは私達の方だと思いました。
 
このサービスはある職員の『想い』が始まりでした。その職員は粘り強く何年も私に語り続けました。『ボランティアで良いから連れてってあげたい』『家族じゃないでしょ、事故があったらどうするの?』『元気なうちに、今なら喜んで頂けます。』『じゃほかの人はどうするの?』渋い顔の私に何度も何年も自分の想いを語り、周囲の協力も得ながらとうとう生きがい支援というサービスを作り上げました。人の幸せを願い、発想したことをずーっと語り続けとうとう形にしたのです。
 
言い続けてくれてありがとう、頭の固い私を説得してくれてありがとう、こんなに感謝できる仕事なんだと教えていただいたと思っています。
 

(ちいたの平川 森洋子)

2015/01/06 職員感想文紹介「発想力」平成26年12月号


「発想力」平成26年12月号

 

ピンチをチャンスに変えるという言葉があります。それに似ているのですが、私はマイナスの状況が発生したときそれをいかにプラスの結果に結びつけるかということを考える事にしています。仮にその事柄自体がマイナスのままが終わっても、それをきっかけに新しい何かを始めようと心掛けています。マイナスの事柄が発生したことをきっかけに新しいことをはじめてそれが自分の人生にとってプラスのこととなるなら、マイナスの事柄があったからこそ、今目の前のプラスのことがあるんだなと思えるからです。これを実践するとマイナスをプラスのきっかけに転じることが出来ます。

 

学生時代、その当時としては非常に重大で私の人生を揺るがす(と当時は思った)マイナスの事が発生しました。その時、まったく関係ないのですが、『よし、バイクの免許を取ろう』と一念発起、中型のバイクの免許を勢いで取得しました。バイクを先輩から譲っていただき、夏北海道へ、小樽から富良野、網走、根室、釧路等、北海道をぐるっと回ることが出来ました。時間のたっぷりある学生時代にしかできないツーリング、いろいろな人と出会い、現地のおいしいものを食べ、今では学生時代のとても良い思い出となっています。今振り返って、その時マイナスの出来事がなければ、学生時代にバイクに乗ることもなかったでしょうし、北海道にバイクでツーリングに行くということもなかったと思います。そして、あのマイナスの出来事があったからこそそうできたのだな、結局マイナスの事柄のお蔭だったな、今から考えるとマイナスではなくプラスだったな、と思う事が出来ます。

 

単純なプラス思考ではない、マイナスの事柄を新しいプラスのことを始めるきっかけにする、こんな発想力はいかがでしょうか?


2014/12/12 職員感想文紹介「仕事と一体となり、人生のフルマラソンを完走せよ」平成26年10月号

 

「仕事と一体となり、人生のフルマラソンを完成せよ」平成26年10月号
 
私は中学の頃から介護士になりたいと思い、今まで介護の仕事をやってきました。清原さんの言う通り、たくさんの壁にぶち当たり、もうやめたいと思う事もありました。
 
好きで始めた仕事ですが、自分が思いえがいてた様にはいかず落ち込むこともありました。それでも、やっぱり介護の仕事が好きだといつも思います。ご利用者様の笑顔を見ると、明日もまた頑張ろうと素直に思えます。
 
私は仕事する上であいさつと笑顔だけは決して忘れずに行うようにしています。清原さんと同じように師匠とまではいきませんが尊敬している人が私にもいます。介護士ではないですが病院で看護師として働いているおばです。私が悩んでいる時はいつも相談にのってくれ、はげましてくれました。そのおばがどんなに仕事で失敗してもご利用者様には笑顔で接する。そうすると気持ちが前向きになりこのままじゃダメだ、頑張ろうと思えました。
 
今でもおばにはいろいろ相談し色々とアドバイスをしてもらっています。これからも笑顔を大切に頑張りたいと思います。
 

(高齢者事業部 ショートステイ 河村美沙)

 

2014/12/01 職員感想文紹介「夢に挑む」平成26年10月号

 

「夢に挑む」平成26年10月号
 
 「家族を幸せにできずに他の人を幸せにすることはできない」私の夢は家族を幸せにすること。仕事では、8月のある日入居者の方から時間があったら来てほしいと呼ばれ訪ねると家庭内の悩みを、涙を流し打ち明けられました。苦しかったろう、今まで我慢していたのだろうと思うと私も涙が出てきました。
 
この方を元気づけようと相手の立場になり一生懸命傾聴しました。今までのこの方の不安な気持ちを理解することができました。人は自分の心の中すべては打ち明けられないものです。話し終わると「ここに話せる人が居て良かった。ありがとう。」と言葉をいただきました。部屋を後にしてこの言葉の重さを受け止めるとこれで良かったのかと私自身悩んでしまいました。
 
母が旅立って49日になろうとしています。体調をくずししばらくぶりで復帰した私は入居者の皆様の温かい言葉に母を思い出していました。「親」とは血縁のある両親のことだけでなくその字の示すとおり自分が木になるまで見守ってくれた人、つまりお世話になった方すべての方を指すと。私は18年間この様にしてケアハウスの皆様に育ててもらっていたのだと気づきました。私の夢は私を育ててくれたケアハウスの入居者の皆様にこれから恩返しができるよう皆様の声に耳を傾けていくことだと思います。
 

(ケアハウスかがやきの郷 斉藤由美子)

2014/11/22 職員感想文紹介「歌舞伎一筋に生きて」平成26年8月号

 

「歌舞伎一筋に生きて」平成26年8月号
 
 坂東玉三郎氏の対談を読んで、「一刹那正念場」毎日が正念場と言われている事に「すごい人だなぁ」と思いました。私は、正念場という言い方、何かを決心した時とか、ここぞと自分の意思が固まった時に思う事だと考えていました。
 
踊りの技術は教えられるけど、道を伝える事は「意識して学ぶもの」という言葉に、本当にそうだなぁ、と思いました。好きもそうだけれど、どうしたら上手になれるか?どうしたら覚えられるか?どういうふうにしたら・・・と学ぶ精神が自分になければ先へは進めず、苦しくて仕方がないだろうと想像しながら自分自身を振り返って見ています。
 
私達の頃は仕事に就く=お金をもらうんだぁ・・・一人前として認めてもらえる喜びの方が多かったように思います。だから頑張って自分から認めてもらう、そんな風で何十年があっという間にすぎてしまったように思います。玉三郎氏のように毎日正念場として生きてはいないけど毎日精一杯生きて素直に前を向いて、その日、その時を大切にしながら自分に出来る仕事を一筋につみかさねて生きて行こうと思いました。
 
「運命は変えられないけど、解釈を変える子は出来るでしょう。」の言葉にとってもすくわれ胸の中があたたかくなりました。
2014/11/21 職員感想文紹介「準備と努力は裏切らない」平成26年8月号

 

「準備と努力は裏切らない」平成26年8月号
 
 長井さんの人生、致知に出てくる方々の人生、とても素敵ですばらしくて立派、うらやましい限りである。かたや私の人生・・・そんな人に話せるような人生でない、でも不真面目に生きてきたわけではなくその時その時、自分なりに努力したと思っている。失敗も多いが・・・ほとんどの人は私と同じ凡人であると思うのでこのような華やかな方々の人生をきいて見習うべきところを感じることに意味があるのではないかと思う。
 
もう若くはなく、これから未来が待っているわけではない年齢の私に“この一瞬一瞬を人生の勝負どころと真剣に生きよ”とは少々疲れてしまうのが今の私の本音である。その私に長井さんのことばには感じるものがあった。
 
・欲張りに生きること
・痛い目にあったときは自分の非を認め前にすすむこと
・準備を怠らないこと
・百点でなく改善の余地を見つける努力を続けること
である。
 
“あーそういうことね”と共鳴することに致知を読む価値を見出したいと思った。
2014/11/21 職員感想文紹介「自分の花を咲かせる」平成26年7月号

 

「自分の花を咲かせる」平成26年7月号
 
 坂村真民さんの「本気になると 世界が変わってくる 自分が変わってくる 変わってこなかったら まだ 本気になっていない証拠だ 本気な恋 本気な仕事 ああ 人間一度 こいつをつかまんことには」「苦がその人を鍛え上げる 磨きあげる 本ものにする」という文中の詩。
 
自分の花を咲かせることは簡単ではないかもしれません。
でも心意気一つで変わることがあるかもしれません。
そして目の前にある人的・物的環境を受け入れることで変わることがあるかもしれません。
 
利用者様は自分自身の鏡のような気がします。うまく書けないので書きませんが、そんな感じがします。利用者様に声をかけても、時々自分に言い聞かせているように感じることがあります。自分が変わることで、相手も変わるようなことって、ある気がします。
 
利用者様一人ひとりの笑顔の花を咲かせられるか。
 

支援員として未熟な私も、利用者様の生活・人生に関わらせていただけること、その中で自分も成長させていただけることに感謝しながら頑張ってみようと思います。

2014/10/02 職員感想文紹介「君子、時中す」平成26年1月号

 

『君子、時中す』平成26年1月号
 
 「春、種を蒔けば秋に実がなる。冬に種を蒔いても実は結ばない。冬は種を蒔くときではなく、土を作るときである。時の変化は限りないが、どんな時にも時中はある。それを見極め時に中していきたいものである。」と締めくくられている。
 
 
人生にはいろいろな時があり、ひとつひとつに向き合って誠実に一歩一歩前進するのみ。その対処の仕方、選択にその人らしさが出てその後の人生が変わっていく。では、“その人らしさ”ってどこからくるんだろう。私は家族関係によって形成されているのだと思う。育ってきた環境。両親や兄弟、子供との関係。家族は学び舎。お互いに勉強になる個性が集まっているように思う。
 
 
完璧な親もいないし、ましてや子供は親の思い通りにはいかない。時にはぶつかりあったり、家族愛を感じたりしながら少しずつ家族も変化していく。そして一歩社会に出れば、また勉強となるいろいろな人がいる。私は最近怒らなくなってきたなぁと思う。それは出逢う人に自分の一部をみるようになったからだ。人は自分を移す鏡とよく言われるが本当にそうだなと思う。人と関わり、内省するようにしている。いろいろ経験してこの年になってやっとそこにたどり着いたという感じだ。
 
 

 自分を客観的に見るということはとても重要で、その冷静さで行くべき道を判断すれば、時流にはのらないと思う。舵取りをするリーダーはそこに“我”があってはならない。“他を思いやる気持ち”がないと人はついていかない。リーダーとなる人は責任重大だ。

2014/10/02 職員感想文紹介「凡事徹底という力」平成26年5月号

 

『凡事徹底という力』平成26年5月号
 
 「気づく人になる」は私自身も含め職員皆で実践していきたいと思いました。「汚れていると心も荒む」全くその通りだと思います。
 
 小さなゴミが落ちていて気付いたら拾う人、気付いても気づかないふりをする人。これはよくあるのですが、頂きものの菓子折り、最後に手を取った人が箱を捨てればゴミは無くなるのにそのままになっている事、よくあります。
 
最後の2、3個で箱をたたんで捨てる人がみんなになれば、気遣う人が一人でも増えていけば、きっと職場は今よりもずっと働きやすく居心地もよく、業務もきっとスムーズになるだろうと想像しました。
 
 環境が良くなれば人の心も変わる。「平凡なことの積み重ねが非凡な結果を生む」当り前の事を一生懸命やる。むずかしいことではないはず、皆で実践したいものです。
 

(木更津中郷丸 小柳利美)

2014/09/05 職員感想文紹介「坂村真民と相田みつをが目指したもの」平成26年4月号

 

『坂村真民と相田みつをが目指したもの』平成26年4月号
 
 坂村真民と相田みつをが目指したものを読みました。中でも『同じ日は一日もない』に注目しました。このタイトルの中にはいくつかの詩があります。私が読んでも詳しく意味は分かりませんが、少しわかります。
 
 この介護の仕事をしていていろんなお年寄りの方と関わります。昨日は歩行もよく、元気だったのに今日になって昨日とは違う状態になってしまいます。『同じ日は一日もない』という言葉を聞いて他の仕事もそうですが、これは介護に関係しているなと思い書きました。昨日と今日は違う。今日と明日も違うかもしれない。この言葉を心に残し、一日一日を大切にしていこうと思いました。
 
◎仲間の発表を聴いて気づいたこと
今回グループの方達みなさん同じところを書いていました。子育ての事だったり相田みつをさんの事が大好きだったり。熱中するものを見つけることは大切だったりと学んだり、笑ありの一時間でした。談話で「ご利用者様は一日一日違うから帰る時にはあいさつします」と言った方がいました。私も忘れず一日を大切にしたいと思いました。
 

(中郷記念館ショートステイ 渡邉沙友里)

2014/09/05 職員感想文紹介「長の一念」平成26年6月号

 

『長の一念』平成26年6月号
 
 私は長というにはまだまだですが、私の一念は、日中活動に来ている利用者様・職員が「来て良かった」と思って帰ってもらう事です。
 
 私が所属するなごみ班は、業者から委託を受け、キャップ分別作業を行っています。キャップを分別する音は騒がしく単調な作業であり時にはかなり汚れもあり、初めはこの作業で「来て良かった」と思って帰って頂けるのか疑問が大きくありました。そんな中でも各職員が少しずつ利用者様の特性を理解し長所を活かして頂く関わりをすることで一人一人が役割を持ち、一つ一つの頑張りに「ありがとう」と声をかける。見学で訪れた方への説明では「ありがとうのシャワー」と呼ばれるようになり、私もその班のイメージを実感しつつあり、少しずつ進行を職員にお願いし現場を離れる日が増えてきました。
 
 先日、いつものように作業が軌道に乗り私は現場をお願いし、人手が必要な時間帯に戻った時の事です。その時の現場の様子は一見楽しげな雰囲気に見えたのですが、よく利用者様をみると問題行動のある方・不穏になっている方・泣きそうな表情をしている方がいるのにそれに職員が気付いておらず、職員同士で話をしている。その場は各職員と協力し大きな問題にならず乗り切りました。そして利用者様が帰った後、どうしても伝えなければと思った私は、主要な職員を集め先ほどの状況について、「率先して気が付いて対応にあたる、私語は謹んで欲しい」そのときに「みんなに来て良かったと思って帰ってほしいと思う」という旨の話をしました。しかし、話が各職員の心に落とし込まれていないのがとても伝わってきました。それは私の声が怒りに震えていたからだと思います。私は現場を各職員にお願いしていたからこそ別の仕事が出来ましたがそのことに感謝もせず、気付くことが当たり前のように言ってしまったのです。その時の私は「色々な仕事があって自分ばかりが大変」「必要なことは伝えているはず」そんな自分の思いが強かったように思います。
 
 
 安岡氏は長のあるべき姿を揺るがない大地としています。そして長は個を捨てて公のために生きるという言葉があります。私はまだまだだなと反省しつつ、色々と気が付かせてくれた各職員に感謝して、「今日も来て良かった」と思って帰ってもらえるように働いて行きたいと思います。
2014/09/04 職員感想文紹介「自分の花を咲かせる」平成26年7月号

 

「自分の花を咲かせる」平成26年7月号
 
 相田みつをさんの詩を読み、素敵だなと思った。本気になることの大切さ、そしてむずかしさをすごく感じた。自分では本気でやっているつもりでも実際はそうでなかったことも多いのではないだろうか…
 
 それは結果として現れる。私はなにかをした後、もっとこうしておけば良かった…と思う事がある。それは自分で準備が足りないからだと思っている。そこで、もっとこうしておけばよかったと感じている時点で「考える事、何か用意する」など準備で手を抜いていたのだろうと…
 
 やってみたからわかることももちろんあって、やらないとわからないこともたくさんあります。でももっとこうしておけば良かったと考える事は、事前に準備できた可能性があったけど、自分がやらない選択肢をとった結果。だから、本気ではなかったのかもしれないと。
 
 部署のリーダーたちがなにかをやりたいと言ってきた時、よっぽどのことがない限り止めることはない。しかし、準備はちゃんとしようねといつも口酸っぱく言っている。
 
 自分自身もそうだが、何事にも完璧にできるというのはなかなか難しい。でも完璧に近づけることはできると思う。本気でやるためにまずは「手を抜く」という癖をなくしたい。まずはそこから始めようと思う。
 
 そしてスタッフ皆が本気でやって楽しく仕事をしている姿を見る事が私の最高の幸せだと思う。
 
(特別養護老人ホーム中郷記念館 新館 山田祐一郎)
2014/09/04 職員感想文紹介「一言よく人を生かす」平成25年10月号

 

「一言よく人を生かす」平成25年10月号
 
 私達ヘルパーは毎日会社の車で移動します。移動中のトイレはコンビのトイレを利用します。お店の人にトイレを借りると断りの声をかけてから利用します。
 
 あるお店の店員さんから井尻にある施設へお勤めですか、と聞かれました。この店員さんが話されるには毎日何人も人がトイレを利用しますが、殆どの人が黙って入り黙って出て行きます。このトイレを借りますの一声は、とても大切だと思いますと。
 

私たちは会社の看板を背負っている、利用者様と接する時も看板を背負っているという緊張感を忘れないようにしようと思います。

2014/08/16 職員感想文紹介「人生をひらく言葉の力」平成25年10月号

 

「人生をひらく言葉の力」平成25年10月号
 
 この対談で、お二人が話されている内容は、普段私が感じていることと、重なる部分がとても多かったです。「障害児と触れ合ったことのない人が考えた制度や法律は実態とずれている」本当にその通りだと思います。「コミュニケーションは僕の命」これは心に響きました。
 
次女は10才ですが、ほとんど言葉を発することはできません。聞いて理解することはできます。娘は自傷行為で話したい気持ちを表していたように思います。サイン、手話、指文字と手段が増えるにつれ自傷行為はなくなりました。コミュニケーションをとれることで娘の世界はグッと広がったように思います。
 
福島さんはご自身の状態についていろいろ考えたとおっしゃっていましたが、私は娘の障害について「どうして」と考える時期がありました。今二人の娘を見て思うことは「障害がある、ないにかかわらず、自分の前にある世界を少しずつ広げながら精一杯楽しく生きてほしい」ということです。
 
考え方を切替える一つのきっかけが「親孝行は三才まで」という言葉でした。「娘は生まれてから今までずっと親孝行なのよね」と良いように考え、娘のゆっくりとした成長を感じられる日々を楽しんでいます。「君は(本当に)良い子」子供たちに言い続けたいと思います。
2014/08/16 職員感想文紹介「経営の目的は永続にあり」平成25年9月号

 

「経営の目的は永続にあり」平成25年9月号
 
「心ひとつで時間は敵にも味方にもなる」なんで自分ばかりこんな忙しい目に遭うのか…敵、この出来事は自分に何を教えに来ているのかと思えれば…味方
 
 私は働かなければならない状況でもあるが、自分で「働いていたい」という思いがあって仕事を続けさせてもらっています。それなのに、家に帰れば育児と家事に追われ、自分はいつも忙しいと思ってしまっています。そして、時間通りにならない事、子供が時間で動いてくれない事にいら立って怒っています。
 
 仕事の日は「朝起きてから出勤までの時間」、「仕事から帰ってきて子供が寝るまでの時間」と時間が限られています。それしかないからわかってほしいと自分で勝手に思っているのかもしれません。子育てが終わった先輩から、「忙しいけど、そういうこと(子供に関わる)ができるのは今だけよ」「あっという間に終わっちゃうんだから」「そういう時間がうらやましい」と言われます。そう聞くとその度にこの今の時間が貴重な時だと思えてきます。子供たちにも時間は大切だから、意識してもらいたいとは思っていますが、自分が「心の持ち方」を変えなければと思います。
 

もう少し時間に余裕が持てるよう、毎日の時間の習慣を少し変えていきたいです。そうすれば、子供たちに笑顔で接していられるだろう。

2014/08/14 職員感想文紹介「一刹那正念場」平成26年8月号

 

「一刹那正念場」平成26年8月号
 
 一刹那正念場の言葉に、学校の頃の校内マラソン大会や長距離走を思い出します。私の通った高校の校内マラソン大会は男子が約10kmを全校生徒が走るものでした。
 
毎回、途中までは快調に走るのですが、決まって途中からは走ることが苦しくなり、ここで諦めようかという思いと格闘しながら走っていました。こんな時は、100m~200m先の目標を決めて、あの電柱までは頑張ろうと思い、その目標まで到達したときは次の目標を決めて走ることを続けていたことを思い出します。ゴールまでの長い道のりを考えると挫けてしまう気持ちも、近い目標に切り替え、それを繰り返し継続することで走り続けることが出来ていました。
 
人生も長期的な目標や視野で考えることは大事で、そのスケジュール管理も非常に大事でありますが、一方で先のことを考え過ぎて「あれもしなくては」「これもしはくては」とストレスが増加していく考えに陥りそうなときは、いまの目の前にあることに全力を尽くすこと、それを毎日繰り返すことに専念していこうと思います。それに専念することが、ストレスを軽減させ、最終的な目標(ゴール)に到達することであると思い頑張っていこうと思います。一日一日の大切さを改めて感じました。
 

(相談支援事業所ほっと 福原昭博)

2014/08/14 職員感想文紹介「活路を見出す」平成25年12月号

 

テーマ「道は無限にあり」平成25年12月号
 
 このテーマを読んで、「人間は一人では生きられない。集団の中で・・・一人一人が集団生活の中で、一役を担っている。企業もまた然り」という部分がある。一役とは仕事のこと。つまり共同生活の中で、お互いの仕事によって生かし生かされている。そして一人の人間の力には限界があるので、人が集まり、組織を作る。これが企業だ」と書かれている。
 
 仕事をしている中で、人の欠点は見えるが、良い部分を見えない?見ようとしない?人がいると思います。あの人がまたあれをやっていない、また忘れているなど理由は多々あると思います。なかにはほんとにさぼっている人もいるかもしれないが・・・
 
 でも、実際にはそれぞれがなんらかの仕事をしている。そのなんらかの仕事をしているという事に欠点ばかり言う人は気づけていないということだと思います。優先順位の中で利用者さんを優先する人、業務を優先する人、いろんな考えを持つ人がたくさんいて、人それぞれ、良い面、逆に悪い面、苦手な面を持っています。同じ人(例えば、私が10人いたとしましょう)それではきっとそのグループは成り立たないと思います。10人同じ人がいたら、良い面はうまくいきますが、悪い面を誰も気づかないし、カバーもしないので、そのグループはきっと崩壊するでしょう。
 
 いろんな人がいて、その人にとっては苦手でも、ある人は得意という事がある。みんなそれぞれがうまくカバーしあい、成長していくのが、グループ、企業だと思います。
 人は一人では生きられない。まさにです。一人一人、見えない部分でいろんな人に多くの恩恵を受けています。みんなに感謝し、その恩を返して行きたいと思います。
 
(特別養護老人ホーム中郷記念館 新館 山田祐一郎)
2014/08/13 職員感想文紹介「坂村真民と相田みつをが目指したもの」平成26年4月号

 

「坂村真民と相田みつをが目指したもの」平成26年4月号
 
「坂村真民と相田みつをが目指したもの」を読んで、同じ日は一日もない、だからこそ、きょう、いま、ここでできる精一杯を生きよう。という言葉に惹かれました。
 
私は、どちらかといえば、「何とかなるさ。」の気持ちで今まで生きてきたように思います。私の持論は「何とかなるだろうと楽観し、何とかしようとする努力する。」です。
 
 相田さんの詩、観音様の心にもありますが、損得、勝ち負け、競争心だけでは疲れてしまいます。人生においては、何とかなるだろうと楽観する心の余裕が必要です。とは言っても、何とかしようと努力するということを忘れてしまっては先に進むことができません。
 
 坂村先生と相田さんの詩に、「本気」をテーマにしたものがあります。本腰にならねばいい仕事はできない。本気でやれば楽しい。この言葉のとおり、本気にやることで、いい仕事、楽しい仕事ができ、「念ずれば花ひらく」に辿り着けるのではないかと思います。
 
 最後に、本気ということと、つまずいたっていいじゃないか、という言葉は相反することのように思いますが、いずれをも大切にすることで味のある人生が描けるのではないでしょうか。
 
(障害事業部 入所 田村 扶美雄)
2014/08/12 職員感想文紹介「自分の花を咲かせる」平成26年7月号

 

「自分の花を咲かせる」平成26年7月号
 
『幸せの秘訣は人間の心の奥深くにある』という。私が幸せを感じる時はデイの利用者様を送り出す時である。『また来るね』と言いながら笑って手を振る利用者様を、こちらも笑って手を振りながらお見送りするとき、心の底から感謝の気持ちが湧き上がってきます。悩んでいることがあっても利用者様をお見送りするとき、不思議に幸せな気持ちになってくる自分を感じます。くじけそうになる気持ちを支えてくれたのはいつも利用者様の笑顔だったと思います。
 
 幸せの秘訣は自分の命は与えられたものであると気づくこと、一つの事を見つけて、本気になって続けていく事。私自身、そんな確固たる思いを持って今の仕事を続けているとは言い難いですが、続けていることで何か幸せが見つかる気はします。
 
 年月を重ねるごとに『ありがたいな』、『幸せだな』と思うことが多くなっているようにも思います。自分を支えるものを信じ、支えられている自分を信じることが少しずつ出来るようになり、それが幸せにつながっていくのかもしれないと思います。〆
 
(ちいたの平川 森 洋子)

 

2014/06/26 職員感想文紹介「自分の城は自分で守る」平成26年3月号

 

『自分の城は自分で守る』平成26年3月号
 
この記事の中で東日本大震災について触れていたが、3月11日にTVでは東北地方の中継が各局で流れていた。その時、ふと思い出したのが2月の大雪で施設が停電になってしまった事だった。
 
停電によりエアコンが使用出来ない為、エレベーターホールに利用者・スタッフが集まっていた。ストーブで暖を取りながら湯を沸かし、お茶を出すなどしていた。非常事態であったがスタッフが協力して利用者の対応にあたっていた。また、表現が悪いかもしれないがホールに皆が集まっているせいか、利用者同士の会話やスタッフとの会話も多かった気がする。
 
普段、スタッフは声掛けをしているつもりだが「ながら声掛け」ではなかったかと思う。停電で出来る事が限られ、利用者の隣に座って話をするなどで時間を過ごした結果だと思うが大切な事に気付かされた。
 
また、夕飯が終わり暖房が効かない中では寒いとペットボトルで湯たんぽ代わりにして対応した。その中の一人の方が何日もお礼を言って下さったのが嬉しかった。お礼を言ってもらう為にやった訳ではないのでなおさら嬉しかった。
 
テーマとは内容が違うかもしれないが、記事を読んでこの事が直ぐに思い出された。〆
 

(特別養護老人ホーム中郷記念館 市川 英明)

2014/06/26 職員感想文紹介「道を深める」平成25年11月号

 

 
『道を深める』平成25年11月号
 
イチロー選手の言葉「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くただ一つ
の道」一つの道を深めることで人は自己を深め人生を深めていく。そのためには無我夢中で続けることで結果はついてくるものだということが理解できるようになりました。
 
道を深めるといっても特別な道が私にはありませんが、これまで生きてきたことが今の私の仕事に役立っているのだと思います。金融機関で接遇マナーを勉強したこと、1円の計算が合わず夜中までそろばんをはじいたこと、嫁努めしたこと、今、かがやきの郷で入居者の皆様に生きるということを教えていただいていること。そしてこの福祉の仕事がこれからの私の人生を深める道なのだと思います。
 
先日、茶話会で秋色彩々の作品を紹介しているとW様が挙手をされ100歳を迎えようとしているF様に「元気で今も活動に参加しているF様こそがすばらしいことです。」と賞賛しました。するとF様が「歳だからって遠慮してはだめ、私は何にでも参加するよ。」を笑顔で答えました。
 
こうした皆様との毎日の会話一つ一つに学ぶことがいっぱいです。かがやきの郷に勤めて18年。人を理解することは難しいけれど受け止めることで前進できるのだと思います。皆様のお世話をしながらこれからも学んでいきたいと思います。〆
 
(ケアハウスかがやきの郷 斉藤 由美子)

 

2014/06/09 職員感想文紹介「道を深める」平成25年11月号

 

『道を深める』平成25年11月号
 
利用者様のIさんには(女性)生まれ付き両手に人差指と中指が2本ずつしかありません。ご本人4本の指で、大抵の事は出来るが、綾取りだけはどうしても出来ないと笑顔で話される、ステキな方です。
 
4才になった頃祖父から囲碁将棋を、父親から書を教えてもらったそうです。二本の指で書く文字は、達筆です(字の下手な私は恥ずかしい)母親からは、女性が生きて行くのに必用なこと全てを、口では言い現すことができないほど厳しい教えだったと。
 
小学六年の時、東京から長野県へ学童疎開に行く朝、母親がIさんに怯むことなく、臆することなく、有るがままの姿で、真っすぐに歩いて行きなさいと言い、初めてIさんを抱き締めてくれたそうです。
 
手に障害のある自分が家庭を持ち、二人の子供に恵まれ、今幸福に暮らせるのは母の厳しい教えがあったからと話されました。
 

Iさんのような素晴らしい人に出会えて良かった、ヘルパーの仕事をしていて良かったと思います。此れからも利用者様との出会いを大切にしていこうと思います。〆

2014/06/09 職員感想文紹介「どんなハンディを負っても自分の人生は、自分持ち」平成26年3月号

 

『どんなハンディを負っても自分の人生は、自分持ち』平成26年3月号
 
岩本良子さんの生き方、考え方を見て、昔の自分を思い出しました。文面の中で「歩けるようになったらいいな」では歩けないという言葉があります。少し違いますが、いつかやったらいい、いつかできるようになったらいいと思い行動に移せない時期がありました。
 
専門入学する前、今の自分を変えたくて、初めて自分で行動し、飲食店でバイトを始めました。心のどこかで嫌になったらすぐやめたらいいと思っていましたが、初めて自分から始めたことだったので、無我夢中でやり続け、二年半続け、責任のある仕事も任せてもらえるようになりました。その飲食店の店長には今でも感謝しています。
 
何度怒られ、何度泣き、辞めようと思ったことか…しかし、自分の考えの甘さ、常識の無さを恥ずかしく思いました。人間関係の大切さ、仕事に対する責任、そして何より人と接する上で何が大切かなどたくさんのことを教わりました。基本のことですが、人と話す時は同じ目線に立ち、思いやりを持ち、笑顔で接する。お客様に「ありがとう」と初めて言われた時は、とてもうれしかったことを覚えています。
 
このバイトを辞める時店長から「ここでこんなに頑張ったんだから、お前はどこへ行ってもやっていける」と言われました。ここでの経験は、今私が介護の仕事をする上で基本になり、介護の仕事を好きにさせてくれました。〆
 

(中郷記念館ショートステイ 河村 美沙)

2014/06/05 職員感想文紹介「凡事徹底という力」平成26年5月号

『凡事徹底という力』平成26年5月号

 

「凡事徹底」この文章を読んで、最近私が変わったことに気が付きました。
 
朝起きたら、布団をたたむ・食事をしたら食器を片づける・靴を脱いだらきっちり揃える・ごみをみたら拾う・・・。まだまだかもしれませんが、日常で行うようになってきています。これはもちろん「致知」のお陰でもありますが、共に働く職員の影響が大きいように思います。
 
 その職員は入職当時から職場を「キタナイキタナイ」と口癖のように言っていました。私は当時美点凝視を職員同士していきましょう、という考えや自分の職場をけなされた感じがありましたので、その言葉を聞き最初はムッとしていた事を覚えています。しかし共に働いていく中で気が付くとその職員が通った後は全て綺麗に使いやすく「浄化」されています。トイレや水回りの掃除・利用者の衣類への気配りをいつもしてくれている事に気が付きました。それは今まで私や他の職員には欠けていたことで、その場がとても心地がよく感じました。いつしか私もその職員を少しずつ見習うようになっていました。
 
 しかし、あるときにその職員から思ってもみないことを言われました。「なんで私ばかり怒られるのか!」と。私はその職員の良いところを伝えることは疎かにし、「ここが出来ていないからもったいない!」そればかりを毎日言い続け、とうとう泣かせてしまったのです。私はその職員の光る良さをもっと光らせ、他の職員の良さと良い影響を与え合い、良い職場にしていかなくてはという思いがありました。しかしながら、職員が出来ていないのは私が足りていない部分であり、私が率先して行っていかなくては…と深く反省させられました。
 
 今年度の私の部署の目標達成の三箇条は「挨拶・返事・靴を揃える」です・
 
これは文章にも出てきた森信三氏の躾の三箇条ですが、ここに焦点を定めていきたいと思っています。私の部署には、それぞれの名人がいます。私も含め各職員がよいところを活かし合い、ともに成長し合える、そして職場に来ることが楽しい。そんな職場を目指していきたいと思います。〆

 

2014/06/04 職員感想文紹介「心を高める運命を伸ばす」平成24年10月号

『心を高める運命を伸ばす』平成24年10月号

 
私の勤めているユニットのご利用者様のベッドの横に、「子らのため輝く明日を祈らなん 限られし今日のわれの一日に」「銀婚の夜に思いぬ わが幸は吾子らよろこび 夫が笑むとき」と書かれた詩が貼ってあります。
 
昭和39年にご本人が詠んだ句をご長男が書いたものだそうです。部屋に入ったときは、いつも読ませていただいています。ご本人は、認知症もあり詩のことは覚えていないようすですが、子を慈しみ、幸せを願い大切に育ててこられた母の気持ち。家族の笑顔が自分の幸せであると感じながら生きてこられた人生が伝わってくる様な気がします。分福の原点はそこにあるのではとさえ考えさせられます。
 
この様な気持ちを受けながら育っていくことで素直な気持ちが伸び、ひがみや、憎しみは生まれないような気がします。今、様々な状態のご利用者様がいますが、たとえ認知症であっても、誰もが大切な人がいて、長い歴史を経て今があることを、忘れずに接していきたいと思います。そして人生の終盤が幸せであることを願っています。〆

 

2014/05/30 理事長随想「納得のいく人生」平成26年5月

理事長随想「納得のいく人生」平成26年5月

15年前の春、市内のとある中学校の卒業式で校長先生は自ら電動車椅子を操作して、卒業生の前に出た。そして、教員生活を締めくくる最後のエールを声にならぬ声ながら、心を込めて生徒達に送った。感動的な卒業式になったと聞く。
 
校長先生は、難病ALS(※)を患っており、まだ、定年には数年を残している。日々衰える体力に不安を感じつつも、「卒業式にはかならず出る」という強い意志でやり遂げ、長年に亘る教員生活に幕を引いたのである。
 
この校長先生は、私が中学校3年生のときの担任であった。小柄だが度胸があり、生徒に情熱をもって接し、包容力があり、思春期に思い悩む生徒にものの考え方を教えてくださった。先生を慕う教え子は多い。
 
先生が本格的に中郷のディサービスセンターを利用し始めたのは、最後の卒業式が終わってから間もなくのこと。当時私は施設長をしていた。先生がご利用になることを知り、およそ30年ぶりの再会ということもあったためか照れくささを感じた。
 
その想いとともに、中学校時代、本気で叱っていただいたこと、勉強を丁寧に指導していただいたこと、体を張って不良生徒と向き合っていたこと等々、当時の思い出が次から次に湧きでてくる。
 
ディサービスセンターでは、もっぱら先生は読書をしていた。司馬遼太郎を好まれたようだ。いつもお気に入りの本がかばんの中に入っていた。曰く「もう一度読みたい」と。自分の病気を受け入れ、残された時間にしなければならないことをきちんと整理されていたのである。障害者用のキーボードを利用して、私あてに経営者の心得について、叱咤激励のメールを頂いたこともある。打ち込むのに随分時間もかかったことだろう。
 
余命は短い。私は私に出来ることは何でもしたいと考え、先生の利用日には出来る限り送迎をして、暇を見つけてはディルームで先生と思い出話に花咲かせ、喜んでいただけるように心掛けた。先生とのコミュニケーションは言葉での会話はできない。アイコンタクトと文字ボードでの意思疎通しか方法はなかったのである。それでも、わずかに動く目と頬と口が何を言わんとされるのか、私は表情を読み取ろうと集中して心で会話をしたつもりだった。
 
送迎中に痰があがってきて、呼吸ができなくなることもある。予想されていたこととはいえ、目を剥いて苦しそうにする先生を目の当たりにして、同乗していた看護師が思わず消毒をするのも忘れ喉の切開部にカテーテルを突っ込んで痰を吸引することもあった。「まだ生きてほしい」と祈るような気持ち。眼に落ち着きが戻り、再び穏やかな呼吸が始まるとこちらもほっとした。
 
翌年の2月、いよいよ自宅での生活は難しくなり、先生は千葉東病院に入院。私が見舞ったときには、既にアイコンタクトも不可能、ベッドで目を閉じているだけでの状態だった。ぎりぎりまでご自宅で生活し“人生に悔いが残っていないこと“そして”今後の治療について延命処置を拒否すること“を家族や医療スタッフにはすでに伝えてあった。現場では何度も何度もその確認作業が行われていた。
 
先生は人生に悔いはないと断言されていた。本当にそうなのか、これはご本人にしか分からない。そう感じるのも、周りにいる人の感情だ。だが、私は「これも人生に納得した一つの形なのだ」と考えるようにした。奥様はじめご子息ご息女にも、その環境を引き受ける覚悟のようなものを感じ得た。そして、翌3月、桜の開花を待たずして、ご家族に看取られながら先生は天命を終えた。
 
幸せとはなにか。誰でも幸せになりたいという気持ちはある。満足を求めれば“もっともっと”という心が繰り返し顕れる。先生のような納得の人生を生きたい。満足して生きるのではなく、納得しながら生きたい。
 

※ALS(筋萎縮性側索硬化症) 以下ウィキペディアより引用

 筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう、amyotrophic lateral sclerosis、略称:ALS)は、重篤な筋肉の委縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン病の一種。極めて進行が速く、半数ほどが発症後3年から5年で呼吸筋麻痺により死亡する(人工呼吸器の装着による延命は可能)。治癒のための有効な治療法は確立されていない。

有名な患者ルー・ゲーリッグ(MLB選手)から、ルー・ゲーリッグ病 (Lou Gehrig's disease) とも呼ばれる。ICD-10ではG12.21。日本国内では1974年に特定疾患に認定された指定難病である。

1年間に人口10万人当たり12人程度が発症する。好発年齢は40代から60代で、男性が女性の2倍ほどを占める。

 

2014/05/14 職員感想文紹介「渾身満力」平成25年4月号

『渾身満力』平成25年4月号

 

 なんて読むのだろう?どう言う意味なんだろう?から始まった”渾身満力”との出会いは疑問からでした。正直な労働は枯れもせず、くさりもしない、との文面に、いち労働者として、吸い込まれる思いで読んでいきました。

 

私メの労働預金額はいくらなのか、福祉の心は利子として計上しているのか、天に仰いで聞いてみたくなりました。同時に自らにも正直に他人にも正直に、とのこの思いも一緒に届けたいです。”花よりも花を咲かせる土であれ”の如く、笑顔の花の提供者でありたい、その為には、ご利用者様の人生の重さを加味しつつ沢山の笑顔の花が見られる様、心して参ります。

 

渾身満力とは全身全霊をかけること、又一つ学びとなりました。

 

 身につまされ感動した詩を紹介します。

 本当は37才・女性

 

  粗そうをしたと、叱られているその人は

  あなたのオムツを変えてくれた人

 

  ぼんやり宙ばかり見ているけれど

  赤ちゃんのあなたをやさしい瞳でのぞき込んでくれた人

 

  あなたは何ひとつ覚えていなくても

 

(中郷記念館デイサービスセンター・畑中澄子)

2014/04/24 職員感想文紹介「ものづくりを通じて職人の心を残したい」平成23年11月号

『ものづくりを通じて職人の心を残したい』平成23年11月号

 

 今回この記事を選んだ理由は、たまたまこの「エアロコンセプト」という鞄を知っていたからです。TVで見て、一目で「なんてかっこいいんだ」と思い印象的でした。作り手の菅野さんは、TVでも自身の事を”職人”であると言っていました。

 私は読みながら、ふと、「職人」の定義はなんだろう?と思い辞書で調べると【自ら身につけた熟練した技術によって、手作業で物を作り出すことを職業とする人のこと】とありました。

 そしてこれは考えようによっては、どんな職業だってそうじゃないかと思い、さらには介護職にも当てはまると思いました。物を作り出す事はなくとも、人の笑顔を作り出す事ができるこの仕事は極めれば充分職人の称号にふさわしいと思います。

 一緒に仕事をしながら「この人は職人だなぁ」と思う同僚もいます。ただ仕事を「労働」と思って働くか「この職業で職人になりたい」と思って働くかで、10年後に大きな差が出ると思います。それが今回のテーマの「人生は心ひとつの置きどころ」という事かなと思いました。

 私は自分では天職と思っているので、なんとか「職人」に近づけるように働きたいと思います。〆

 

 

 

2014/04/24 職員感想文紹介「人生はこころ一つの置きどころ」平成23年11月号

『人生はこころ一つの置きどころ』平成23年11月号

 

 心を常にプラスの方に転じるという文に苦い経験をチクリと胸の痛みとともに思い出します。娘が中学二年生の時、登校拒否となってしまいました。何故学校に行けないのか、何が原因なのか、毎日娘に問い詰めていました。私は毎朝中学校に電話をして担任に「今日も学校に行けません」と言うのが日課になってしまいました。

 

 ある日、娘をなだめすかして制服を着させ玄関から「行ってきます」との後ろ姿を見送り、「ああこれで大丈夫かも」と思い洗い物をしていると5分程で帰ってきました。

「どうしたの?」と聞くと「やっぱり行けなかった」とポツリと言い「どこまで行ったの?」と聞くと「交差点のところまで」と答えました。その日も学校に連絡すると担任ではない先生が出られ、私が「交差点まで行って戻ってきてしまったんです」と言うと、その先生は「そうですか。交差点まで行けたんですね。すごいですね。」と言ってくださいました。

 

 その言葉で私は目から鱗が落ちました。それから私は娘のありのままを受け入れられ不登校も通常と思うのようになり娘も明るくなりました。

 

 今は大学三年生になりましたが、あのプラス思考の一言が私達家族を救ってくれたと感謝しています。〆

 

 

2014/04/23 職員感想文紹介「リーダーの器量」平成23年8月号

『リーダーの器量』平成23年8月号

 

 明治維新によって、幕府体制から明治政府へと変化することで、新しい社会が作られ素晴らしい取り組みばかりが目立ってしまうが、背景には多くの人々の支えがあったはずである。

 日常的な仕事においても、各リーダーが大きな方針を打ち立てたとして、利用者様に直結する仕事をするのは、仲間である。同じ考え・方向を向いて取り組める仲間がいてこそ初めて成り立つと考えます。先頭に立って明確にする必要はありますが、自分だけで頑張る事が全てではなく、私はきっかけでよいと考えます。私の考えがきっかけで支援が行えた。利用者様が日常的に困ることなく生活できた。次は私がいなくとも行えるような成長を与えられる存在でいたい。

 だから私はきっかけで良いと思ってしまいます。

 リーダーの器量としてどうか分かりません。いつの時代でも、目立つ存在ばかりに目を向けるのではなく、陰ながら支えて努力している人に気づいていけるリーダーでありたいと思います。〆

2014/04/23 職員感想文紹介「致知と出会って・・」平成23年8月号

『致知と出会って・・』平成23年8月号

 

 致知を読んでいくうちに、最初に感じたことは「恥ずかしい」という気持ちです。というのも自分の中で「どうせ頭の良い人達が偉そうにしゃべっているのを書き写し、高く売っている本だろう」という考えがあったからです。

 読み進んでいくうちに、「僕はいつからこんなつまらない人間になってしまったんだろう」と時分が惨めで恥ずかしい気持ちになりました。

 僕もこの人達と同じ様に人として生まれて、夢や希望を持ち、自分というものをしっかり持っていたと思います。

 それがいつしか周りの環境や自分以外の誰かのせいにして、努力をしなくなった自分を”美化”し”正当化”し、夢を捨てずに努力惜しまず頑張っている人を素直に認めることが出来ないつまらない人間になっていた気がします。

 人生をリセットし、ゼロからのスタートは出来ませんが、致知と出会い、自分が弱い人間である事を気づいた事は今後の人生に大いに生かせると思います。これからは、自分自身の人としての質を高め、仕事の仲間、家族、友人との絆を大切にしながら自分の人生に命を掛けて日々を全力で行きたいと思います。

2014/04/23 職員感想文紹介「この危機をどう打開するか」平成23年8月号

『この危機をどう打開するか』平成23年8月号

 

 地震のあった日の『村井知事の決断力の素早さにはとても感心させられました。あの日のデイではおやつの前でご利用者様が椅子に座っている状態でした。

 大きな揺れが続き利用者様には机の下にもぐってもらい揺れがおさまるのを待ちました。揺れがおさまり「外に避難させよう」ということになりました。

 こんな大きな地震は初めての経験で私はかなり動揺していました。揺れがおさまってので利用者様を戻した途端、二回目の地震が来ました。「机にもぐって!大丈夫、大丈夫!」職員が声かけします。

 私は正直利用者様を守らなければという気持ちと家族は大丈夫だろうかと心配で心がドキドキしていました。

 リーダー先頭に皆が叫びます「上着をご利用者様に着せて!」「下靴をげた箱から持ってきて!」「車を茶々茶の方に移動してつけて!」

 私達は「無事にご利用者様をご家族の元に送らなければ」と強く思っていました。あの時デイの職員は皆、心が同じ方向に向いていたと私は感じています。

 村井知事の様に常日頃から多くの人とコミュニケーションが取れている。信頼感があるから同じ気持ちになって人が動く。

 リーダーがいることはとても大切なことですが、ある意味、皆がリーダーなんだと自覚していけるよう努力していけたら素敵だと思います。